2017年03月27日

「正解はない」

 多くの部員は思い悩んだとき、「過去の先輩方はどのようにして乗り越えてきたのだろう」、こう思うことが多々あるのではないでしょうか。
 私自身、新チームが始まって以来毎日のようにこのような感情に掻き立てられております。「伝統あるFIGHTERSなら、正解の書かれたマニュアルのようなものがあってもいいのに。」情けない話ですが、このように思ってしまうこともあります。しかし、どこを探しても、正解なんてものは見つからないのです。
 この言葉は、あらゆる場面で聞こえてきます。ヒットの仕方、アサイメント、4年生とは、主将とは、主務とは・・・。
 しかし、そんなものはないのです。油谷ストレングスコーチは千刈合宿において、「この合宿が正しいかどうかなんて、ライスボウルになるまでわからない。勝てば正しかったと証明できる」とおっしゃいました。現時点で正しいかどうかなんてわからない。つまり、大切なのは正解の有無ではなく、結論に至るまでの過程なのではないか、こう思うようになりました。
 何が正しいかわからない。それでも、理想を追い求めるべく考え、悩み続けたうえで正解はないと結論づけるのか。そうではなく、何も考えずに正解はないと結論づけてしまうのか。結果は同じように見えても、中身は大きく違います。
 最近、チームでは何もかも「正解はない」で片付けてしまうような風潮が流れています。果たしてそれは前者のように考え尽くした上での答えなのか、後者のように中身のない答えなのか、常に疑問を持ち続けることが大切なのではないでしょうか。
 千刈合宿、春季2次合宿が終わり、初戦が刻一刻と近づいてまいりました。今年はご存じの通り、多くのメンバーが抜け、誰が出場するのかわからない状況です。「自分たちは弱い。その上で何をするか。」正解のないこの問いに学年・選手・スタッフ全員が向き合ってまいります。