2016年12月05日

感謝

 昨日の立命館大学戦にお越しくださった多くの皆様、悪天候にもかかわらず最後の最後まで応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。前半とは流れが一変し、後半は立命館大学の執念に圧倒されかけましたが、皆様のご声援のおかげで、勇気をもらい、何とか自分たち自身を信じてやりきることができ、26-17で勝利を収めました。試合後の整列で、昨年の立命館大学戦では先に歌うことができなかった、「空の翼」を、青で埋め尽くされたスタンドを目にしながら、胸を張って歌うことができた時にはこみあげてくるものがありました。
 試合後、1年間一緒に戦ってきた4年生に対して「ありがとう」の言葉が自然と出てきました。4年生が情けないと言われ続け、少しずつですが、もがきながら成長を重ねて、このような結果を出せたこと、そして、このチームでこのメンバーでまだ一緒に戦えることがうれしくてたまりませんでした。今まで立命館に2回勝ったことが無いとか、雨の12月4日の立命館戦、などジンクスの多い試合ではありましたが、このメンバーで新しい歴史を作れたことを誇りに思います。
 私たちがここまで来ることができたのは、OB/OGをはじめとするFIGHTERS関係者の皆様のご支援や叱咤激励、そして毎試合会場に足を運んで応援してくださったファンの皆様の支えがあってのことです。本当にありがとうございました。まだまだ発展途上の私たちですが、これからも毎日をFight Hardし続け、進化し続けます。
 そして、立命館大学というライバルがいたことを胸に、彼らの分も甲子園ボウルで西日本代表として早稲田大学を圧倒したいと思います。これからも皆様の温かいご声援をよろしくお願いいたします。

2016年11月15日

目に見えないもの

 「目に見えるものではなく、目に見えないものに目を注ぎなさい。目に見えるものは過ぎ去りますが、目に見えないものは永遠だからです。」―コリントの信徒への手紙U 4章18節
 聖書の中の言葉にこのような一節があります。私はキリスト教主義の高校に通っていましたが、高校時代にも何度か耳にした言葉でした。私自身はキリスト教を熱心に信仰していたわけでもなく、ただ、この言葉の真意を感じていたことはありませんでした。
 私は今年でフットボールを始めて10年目になりますが、このスポーツではプロ・アマ問わず「目に見えない何か」がゲームを動かすことが多いと感じています。それは、「覚悟」や「執念」といった気持ちが、誰もが無理だと思ったゲームを、展開をひっくり返す。そういうゲームや名勝負をこれまで何度も目にしてきました。
 先日の京都大学戦を見返してみると、スタッツだけを見ると獲得ヤードやボールポゼッションといった数字は全て京都大学が上回っている。それでも最終スコアは34−7。この点数になった要因は様々ですが、キッキングゲームにおいては、相手オフェンスを奥深くから始めさせたカバーチーム、これまでの課題であったパントリターンではリターナーが適切な判断のもとにCatchしている、当たり前ではありますが、この積み重ねが目には見えない獲得ヤードとなり、ボディブローのようにじわじわと効いてくる。まだまだ課題も多くありますが、チームとして次の試合でもキッキングが勝負を左右するということを胸に留めて準備していきます。
 よく、先輩方に「4年生ていうのは一生もんの仲間や。本気でやりあった仲だからこそ、引退した後に勝敗関係なく一緒に酒が飲める。」ということをよく聞かされます。4年生がどれだけ一つになれるか。青春ドラマはあまり好きではありませんが、その「絆」があるとないとではチームの力は大きく変わります。本当にこのままでいいのか。やり残したことは、伝え残したことはないか。4年生はもう一度自分の胸に自分が大切にしたいもの、事は何なのか問うてほしい。
 そして、大一番の立命戦ではプレー云々はもちろん、目には見えない「チーム力」というものが試される試合になります。練習を重ねて、練習でやったことがそのまま試合でできるとは限らない。試合では何が起こるかわからない。厳しいゲームになることは分かっている。立命まで残り5日、何度倒されても、やられたとしても、泥臭く毎日の目の前の1プレーをFight Hardし続けます。

2016年10月30日

「100%」

 久しく更新が滞ってしまいました。やりたいゲームができずに、ずっと暗中模索を繰り返しており、負ければ引退が決まるという試合を前に、なかなか筆ならぬタイプが進まない、というのが正直なところでした。
 関西大学戦を無事勝利で終えましたが、あくまでもうまく得点が入り、オフェンス、ディフェンス、キッキングがかみ合って点差がついただけで、私たちの内容が完ぺきだったわけではありません。あの試合、あの時の関西大学相手に立命館大学なら何点取るか、どんなゲームにしただろうか。
 このブログでも何度も書いてあるように、私たちのフットボールは緻密さが命です。おそらく、どの大学よりも1プレーについて掘り下げて意図を理解し、何が来ても対応ができるように想定し、その反復練習を繰り返しています。その質がまだまだ低いからこそ試合で苦労しているのが実際のところではありますが、それこそFIGHTERSが勝ち続けてきた所以であると思います。
 「毎日100%を目指せ」「試合では、良くて80%しか出せへん」
 これは監督がよくおっしゃる言葉なのですが、毎日100%成功させることを目指して取り組まないと、試合の大一番でその1Playを成功させるのは無理だということです。確かに先日の関西大学戦でも、試合で結果を出した人間は2週間苦しんで、もがいてきた選手でした。
 大切なのは、220人いるうち何人がこれをやるか。京都大学は2枚目や3枚目、若い選手が出ると、そこを狙ってくる。覚悟が決まっていないとあっという間にやられてしまう。4年生や試合に出ているメンバーがやるのは当たり前で、2枚目以降や、試合には出られないメンバー、キッキングで少しだけ出場することが決まっているメンバーそれぞれが毎日100%成功させることを目指して準備をする。
 当たり前のようにも感じますが、80%を出そうと思って取り組めば、80%以上の力を発揮することは難しく、それ以下の力しか出せない確率が高くなります。あの京都大学に、あの立命館大学に勝とうと思えば、勝負所で100%決めきることしかありません。毎日の練習で、100%を目指して準備して、それができたかできないか。その日勝ったか、負けたか。ひたすらそれを2週間繰り返して、京都大学に挑みます。

2016年10月07日

どんな選手になりたいのか

 龍谷大学戦を終え、早くも次の神戸大学戦が目前に迫っています。
 龍谷戦を終えて残ったのは、何とも言えない違和感でした。このままでは立命館大学や関西大学、京都大学に勝てない、という焦りとは別に、チームとして何らかの違和感がありました。何がおかしいのか分からず、ただ目の前の練習やミーティングに取り組むだけでした。
 そんな中、10月に入り、企業の内定式に参加しました。関西の1部リーグで同じフットボールをしている同期もいて、シーズン中ではありますが、彼らといろんな話をして、気づかされたことがありました。
 ある大学ではアナライジングスタッフがおらず、トレーニングや練習を終えてから、全て自分たちで分析を行い、傾向を出して、Playを考えるところまでやっているということで、夜遅くから分析の作業が大変だという話を聞きました。彼らは私たちの試合でも様々な仕掛けを用意しており、スペシャルプレーやギャンブルをことごとく通してきました。また、立命館大学戦でもプレーが崩れてからもゲインを重ねるなど、「魂」のこもったプレーが目立っていました。なぜ、そんなにスペシャルプレーやギャンブルが決まるのか聞くと、彼は「死ぬほど準備したけど負けた」と自信満々の顔で答えてくれました。
 私たちのチームにはアナライジングスタッフがいて、彼らの情報を基に選手は練習やミーティングを行います。彼らが分析をして相手の傾向を出してくれるおかげで、選手たちは自分自身の身体のコンディションを整えるのに時間を割くことができます。それは日本一を目指すうえで必要であったからこそ生まれたシステムであり、役割であると思う。
 しかし、今のチームには受け身な選手が多い。受身な選手の集団が勝てるわけがない。自分がどうしたいか、どうなりたいか。8月に前島先生からいただいた言葉をもう一度ここに記したい。

「自分で種をまきなさい。人がまいた種を見たければ、それまでだ。ひとりひとりが自らの種をまいて、全員で秋の収穫を喜んで迎えよう。」

 負ければ終わりのシーズン、今、自分たちは自分で種をまいているだろうか。4年生はあと1ヶ月と少しで自分たちのシーズンが終わるかもしれない。今引退を迎えて、胸を張って「やりきった」と言えるだろうか。
 次戦も全力で挑みます。

2016年09月15日

理屈が先か気持ちが先か

 先週9月10日の第2節・甲南大学戦では、また多くの課題が見つかりました。41−0でゲームには勝ったものの、反則が5回30yd、オフェンスは4回のTurnoverを与えて、キッキングでも2試合連続となるロングゲインを許してしまいました。石井先生がコラムにも書かれていたように、今気づくことができた、与えられた課題は天からの贈り物で、前の試合の課題を確実に潰す為に何をするかが大切です。

 今春、私たちは立教大学と合同練習をする機会があり、京都大学出身で日本代表も経験されたKicker専任コーチとの交流など、新しいネットワークができました。さらに、今年度より水野彌一氏が立教大学でアドバイザーに就任されたということもあり、個人的に立教大学の動向が気になっていました。初戦の早稲田戦に敗戦した後、あるコラムに水野彌一氏の次のような言葉が紹介されていました。
 「理屈が先に立つフットボールは好きではない」
 理屈が先か気持ちが先か。この話が今年になってよく課題に上がります。
 自分たちよりアスリート揃いで身体の大きな相手に対して、緻密なプレーの精度にこだわる、勝負所を絶対に取る、それがFIGHTERSのフットボールの強みであり、FIGHTERSの勝ち方である。そこには確かな理論があり、ありとあらゆる想定と理屈の上に成り立っている。私たちにとって理屈というのは必要不可欠だと思う。理屈なしに、勢いや気持ちを優先してしまっては2流のチームである。
 一方で、理屈をどれほど並べても、アサイメントを完璧にこなせても、えげつなく強くデカい相手に更に気持ちで負ければ、100%勝ち目はない。試合の「ここぞ」というところでは相手もその1プレーを死ぬ気で止めに来る、通しにくる。相手の対面に立ち、相手よりも強い気持ちでやる。それが魂のこもったプレーだと思う。
 今の自分たちはどちらも中途半端な状態。もう一度自分たちの、FIGHTERSのフットボールは何なのか,
アスリートの集団に何で勝つのか、を心に留め、次節・龍谷大学戦に臨みます。

2016年09月05日

試合と練習

8月28日。2016年秋、私たち4年生にとっての最後のシーズンが開幕しました。初戦の相手となった同志社大学はこの試合に並々ならぬ準備をしており、随所でギャンブルやスペシャルプレーを出されて苦しい展開となりました。特にキッキングゲームにおいてPunt FakeやKick Off Returnでタッチダウンを与えてしまったことはとても悔やんでいますが、初戦で気付けたことを次の試合までに絶対に潰していきます。
 フットボールにおいて、「練習でできたことしか試合ではできない」という事をよく言われます。毎日の練習への準備の仕方、練習の取り組み方、内容。そこが全てでそれ以上は無い。
 前節までの私たちの準備を思い出してみると、結局はアサイメントを乗り越えていない。正直なところ、初戦でここまで勝負を仕掛けてきたことは想定外であったものの、用意されたアサイメントを覚えて、その動きを練習してきただけで、試合の時に頭がクリアになっておらず、ひとりひとりがアサイメントを乗り越えて、これが来たらどうしようか、あれが来たらどうしようか、という想定が足りていませんでした。
 ここから先、負けたら終わりのシーズン。練習回数は限られている中で、どれだけ試合と練習を近づけられるかが大切になってきます。試合では、どんな状況でも絶対に止めなくてはならない勝負所、どんなメンバーであろうと、4th. Down Longで通さなくてはならないプレーがあり、雨が強かろうが台風だろうがその1本のキックを決めなければならない時が来ます。今の練習の3rd. Downにその緊張感があるか、キックの1本にそれだけの想いを寄せているか考えるとそうでは無い。練習の1球と試合の1球の重みがまだまだ違う。
 今年に入ってから監督が「どれだけの強い気持ちもってんねん」という言葉をよく仰います。それはまさに大一番の勝負所で、えげつないプレッシャーがかかるその時に、今の自分たちは「よっしゃ、やったろう」と立ち向かっていけるのか、ということを問われているのだと思います。今の私たちはフットボールも下手で、人としても弱い。それでも勝つためには試合ごとに確実な成長を遂げていくしかありません。まずは前節出た課題を毎日の練習で本気で潰して、次節の甲南大学戦に挑んでいきます。

2016年08月26日

FIGHTERSの4年生

 8月10〜18日に東鉢伏にて行われた夏合宿を終え、現在は秋シーズン初戦の同志社戦に向けて準備を進めています。合宿中に遠方よりお越しいただいたOBの皆様、またはこの合宿に当たりご尽力いただいた皆様、本当にありがとうございました。チームが変わるための貴重な合宿でしたが、私たち4年生にとっては何かをつかめたという自信よりは、恥ずかしながら多くのことに気づかされた合宿となりました。それは私たち4年生が「考える」ことに向き合ってこなかった事が原因だと感じています。
 勝ちたい気持ちがあって、立命に勝つためには何をすればいいのか、今の課題は何で、どうすれば改善されるのか。そういった具体的な考えが自分たちの中で当たり前ではなかったことに気づきました。気持ちがあるのは当たり前、一方で私たちがやろうとしている相手は気持ちだけで勝てる相手ではない。私たちの目指すフットボールはもっと高い次元にあり、そこを目指し続けることがFIGHTERSのフットボールであると私は考えます。
 昨年11月に立命館大学に敗れ、そこから4年生になってあっという間に秋シーズンが始まろうとしています。過去の4年生の先輩方にもいろいろと思うことや、感じることがありましたが、いざ自分がその立場になると、私自身を含めて4年生は盲目になりやすいと感じています。
 4年生になった途端、「FIGHTERSの4年生」とは何なのかを考えるようになり、FIGHTERSの4年生を目指し、「やらないといけない」という壁にぶち当たります。こうなってしまうと、義務感から4年生を演じ、プレーの面でも今までできていた事がチームの責任を背負うと動きが固くなって思うようなプレーができなくなり、もう何が何なのか、客観的な判断もできなくなっていく。私はスペシャリストとして、三輪さんや、西岡など、究極の責任と重圧に一度は潰されかけたキッカーを見てきました。チームの勝敗の責任と向き合い、「FIGHTERSの4年生」と向き合い、それを乗り越えて「自分が何をしたいのか」という純粋な想いを強く持つことができた時に、ようやく大一番で勝負できる腹の据わった選手になるのだろうと思います。
 私たち4年生は負ければ終わりのシーズンが始まります。いろんな課題を抱えていますが、一人ひとりが自分自身と向き合い、「自分が何を成し遂げたいか」を強く心に抱き、大一番で腹を据えて勝負ができるように、毎試合全力で挑んでまいります。

2016年08月04日

自分の種

 春季のテスト期間が終わり、秋シーズンを迎えるにあたって最も重要な8月の練習がいよいよ始まりました。練習の初めに前島先生よりお祈りがあり、次のような言葉をいただきました。
 「自分で種をまきなさい。人がまいた種を見たければ、それまでだ。ひとりひとりが自らの種をまいて、全員で秋の収穫を喜んで迎えよう。」
 1年生もほとんどのメンバーが防具を着けて練習に参加し、グラウンドは人で溢れかえっています。これだけの人数がいれば、試合に出場できる限られた枠を獲得するのは並大抵の努力で叶うものではありません。隠れようと思えばいくらでも隠れることができて、人のまいた種に乗っかって収穫を喜ぶことはとても容易い。
 しかし、本当のおもしろさはそこには無い。自分自身がどうなりたいか、自分のパートをこうしたい、自分のチームをこうしたい。そういう想いがあって、それに向けて毎日を必死で過ごす。その繰り返しで、できていなかったことができるようになっていく。それはとてもしんどくて、時には目をそむけたくなることもあるが、そこに本当の「おもしろさ」があるのだと思う。
 人から注意されることや、分からないことを人に聞くことはよく見る光景であり、ごく普通のことであって、それをどれだけ自分の心の中にとめて、練習以外の時間に自分が本当に納得いくまで考えることができるか。グラウンド外で考えることがまだまだ苦手なチームだと思います。
 小中高時代の夏休みの宿題と同じで、人からやれと言われてやることほど退屈でつまらないものはない、と私自身常に思っていました。自分で悩んで考えて、自分の方法でやって結果をだすからおもしろい。
 この夏でチーム全体の練習はVとJVに別れてしまいます。シーズンを経て、メンバーが入れ替わることは頻繁にありますが、Vメンバーはチーム全員の“勝利”を背負って戦う責任があり、JVメンバーはチームが勝つ為にスカウトチームとしてVチームと戦う責任があります。
 それぞれにチームの中で与えられた役割や責任はありますが、その中でひとりひとりが自分は「こうやりたい、こうなりたい」という想いを持ち続け、全員が「考える」ことに向き合えば、より強い個の集団となり、チーム力が上がると考えています。授業がなく、フットボールに向き合える時間がある今だからこそ、考えに考え抜いて、自分自身で種をまき、自分の力で収穫に迎えるようにこの夏を過ごして参ります。

2016年07月13日

勝ちに徹する

 ブログの更新がかなり滞ってしまいました。メキシコ遠征を終えて帰国してすぐに書こうと思っていたのですが、遠征を経てあまりに多くのことを感じ、自分の中で考えの整理がつかずにこんなに日が経ってしまいました。

 メキシコ国立自治大学(UNAM)PUMASとの試合は『自分たちより強くて大きな相手にどう戦うか』をテーマにして臨んだ試合でしたが、17-13という結果で勝利はできたものの、何ひとつ満足を得られない試合内容でした。
 試合後にPUMASの選手と交流する機会があり、数人と話をしましたが、全員から共通して感じたことがありました。それは、彼らは「フットボーラーとしてのプライドが違う」ということでした。中南米で最も優秀とも言われている大学だけあって、医者を目指している人や、弁護士、中には政治家を目指している人もいました。そんな彼らに、忙しい中で何故フットボールをするのかを尋ねると、「人生そのもの」「やらない意味がない」「色んなことを学んでいるから」といった答えが返ってきました。
 今同じことをFIGHTERSのメンバーに聞くとどういった答えが返ってくるのか。試合終了時に彼らが拍手をしながら我々の勝利を祝ってくれた姿を思い出し、勝負だけではない、フットボーラーとしての誇りを持って生きている姿は見習うべきものでした。
 詳しい試合内容や、体験した話は今年度のイヤーブックにも掲載されますので、ぜひそちらをご覧ください。

 さて、春のシーズンの試合は全て終了しましたが、春をふりかえると、「勝ってしまった」試合がほとんどでした。試合を重ねるごとに確かな成長をしてきたわけでもなく、いろいろな事をなんとなく見逃してきました。今春、ひとりひとりがもっとフットボールに自主的に、前向きに取り組めるようにと「のびのびやらせよう」という考えのもとスタートしましたが、その考えがチームを甘くしてしまいました。決して悪いことだけではなかったこの春シーズンではありますが、主務として責任を感じています。
 一方で、これまでなんとなく言われてきたこと、理由は分かっていないけど教えられてきたこと、それぞれの大切さを、身をもって体験し、気づき、その真意を知ることができました。言ってしまえば「何をいまさら」という話なのですが、これもチームの歩む1歩としてしっかりと受け止め前に進んでいきます。
 今の我々に足りないのは「勝ちに徹する」ということです。過去に勝ってきたチームや栄光を掴んだチームに共通する要因はあるかもしれませんが、これをやれば勝てる!という正解は存在しません。だからこそ、目の前で起こっている課題にひとつひとつ向き合い、解消し、勝つ確率を1%でもあげる。その積み重ねが勝ちにつながる。この春シーズンは小さなことや細かいことまでこだわらず、その大切さもちゃんと理解していませんでした。
 これまでは自分たちで色んなことを試したり、考えたりしてきましたが、ここから先は勝つためだけにやります。どれだけやったら勝てるかわからないからこそ、「そんなことまで?」という事まで、全部信じてやるしかないと思っています。8月からの練習に向けて、もう一度自分たちが何をしたいのか、何をするのか明確にして、勝つためにこの7月を大切に過ごしていきます。

2016年06月04日

「勝つ」ことの難しさ

・関西大学戦 17−13 ゴール前での相手のミスがなければ負けていた試合
・明治大学戦 27−25 敵陣での相手の反則がなければ負けていた試合
 2つの試合終え、どちらも負けたといっても過言ではない内容でした。中には良い反省もありましたが、共通して言えるのは、関大戦後の鳥内監督のコメントにあったように、「最後は勝てるだろう」と思っている人間がまだまだ多いことです。
 「誰かが勝たせてくれる」「誰かがやってくれる」そんな考えがまだまだチームに存在している。私自身が下級生の時を思い出すと、相手がどんな強さかもわからずにただ、4年生の必死な姿に心を動かされていました。
 強かったのは過去の先輩方、過去のチーム。
 関大戦、明治戦と厳しい試合が続き、勝つことの難しさをひしひしと感じています。今のままでは関西リーグを勝ち抜くことすら難しい現状に、私たちはどれだけの危機感を持っているのか。この結果を謙虚に受け止め、春の集大成であるメキシコに向け、ひとつひとつ丁寧に必死で取り組むしかありません。

 さて、6月1日を迎え、今年度の就職活動が解禁されました。就職活動を経て感じているのは社会からFIGHTERSが評価を受けていること。しかし一方で、全く知らない人たちも存在する。私たちが見ている、知っている社会、世界はまだまだ小さく、「フットボールで日本一を目指した」ことなど認められない世界も存在するということ。重要なのは、ヘルメットを脱いだ時にどんな男なのか。つまり、フットボールから離れたときに自分に何が残るのか、だと思います。
 家の近所のお寺の掲示板に隔週に一度言葉が紹介されていて、いつも前を通るときにその言葉を楽しみにしているのですが、先週、このような言葉が掲載されていました。
 「人生けるとき勤めずは、根の無き樹にもたとうべし」
 FIGHTERSに入れば、勝手に強くなる、うまくなる、日本一になれる、のではない。FIGHTERSというチームで、「勝たせてもらう」ではなく、「勝つために」自ら考え取り組むことが、自分自身を成長させる太く逞しい「根」となり、ヘルメットを外してフットボールから離れたときにも、その根が自分を支えて成長させてくれる。 「日本一になるために」「勝つために」何をすればいいのか、FIGHTERSの名に恥じない選手・スタッフになるには、自分で考えて行動を起こすこと。新入生には特に肝に銘じていてほしい。

 春のこれまでの結果を受け止め、より謙虚に「勝つために」取り組んでまいります。